歯科,dental,Dental Diamond,デンタルダイヤモンド

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徹底追求 どっちがどっち?
◆精神鎮静法
吸入鎮静法 VS 静脈内鎮静法
日本歯科大学新潟歯学部 歯科麻酔学教室
柬理 十三雄 佐野 公人 二瓶 克彦
追求1比べてみよう、どっちがどっち?
精神鎮静法は、歯科治療を受けなければならないという認識にもとづく「意志」と、歯科診療に抱く不安感・恐怖心などの不本意とする「こころ」との葛藤に、患者自身では決着がつけ難い症例に有用な方法であり、その「こころ」を、 おだやかに説得するための一法である。
すなわち、精神鎮静法とは、患者の意識を失わせない程度に中枢神経系の機能を抑制し、歯科診療時に患者が感受する精神的・身体的ストレスの軽減を図り、予定された診療計画を円滑に遂行するための便法である。
精神鎮静法は薬剤の投与経路により、吸入鎮静法と静脈内鎮静法に大別される。
追求2どっちにしても、どんなもの?
吸入鎮静法は、30%以下の低濃度笑気を70%以上の酸素とともに吸入させる「笑気吸入鎮静法」が歯科臨床で用いられており、本邦においては、昭和49年10月以来健康保険法の規定に定められている(図1)。
図1 吸入鎮静法 図2 静脈内鎮静法
静脈内鎮静法は、緩和精神安定薬を静脈内投与することにより鎮静状態を得る方法である(図2)。なお、使用薬剤として、他に静脈麻酔薬、麻薬、鎮痛薬、ベラドンナ薬などがあり、これらを組み合わせて併用する方法もあるが、本稿では、緩和精神安定薬のうち、ジアゼパム(ホリゾン(R)、セルシン(R)など)の単剤使用について記述する。
1.精神鎮静法の術前管理について
  1. 術前状態の記録
    問診により歯科診療に関する不安感・恐怖心、過去の受診体験などを聴取し、全身状態、呼吸数、脈拍数、血圧などを測定して記録する。
  2. 経口摂取制限に関する指示
    (1)吸入鎮静法の場合、施術直前の摂食、飲水を禁じ、満腹時は避ける。
    (2)静脈内鎮静法の場合、施術開始2〜3時間前から摂食、飲水を禁止する。
  3. 前投薬
    通常は、前投薬を行わない。しかし、極度に神経質な患者の場合など、症例によっては緩和精神安定薬を経口投与することもある。
  4. 患者の服装
    施術当日は、体を締めつけないような服装を指示しておく。
2.精神鎮静法の術中管理について
円滑に施術を遂行するために、さらには使用薬剤による患者の幻覚、錯覚など、術後のトラブルへの対処のためにも、複数によるスタッフの態勢をとる。
  1. 患者の体位
    水平仰臥位、半座位あるいは座位とする。
  2. 使用薬剤、全身状態などの記録術中は5分間隔あるいは適時、必要に応じて、次の事項を記録する。使用薬剤名(笑気、酸素、ジアゼパム・商品名など)、使用量(笑気濃度・%、あるいは 笑気の流量( l /分)、酸素濃度・%、あるいは酸素の流量( l /分)、ジアゼパム○○mgなど)、術者の指示に対する反応、呼吸(数、深浅など)、脈拍 (数、緊張、リズムなど)、血圧など。
  3. 鎮静状態の維持
    呼吸・循環系の安定を図り、術者の指示に従う程度に鎮静状態を維持して、歯科診療に伴うストレスの軽減につとめる。
  4. 疼痛対策
    抜歯、抜髄など処置内容によって、局所麻酔を行う。
3.精神鎮静法の術後管理について
  1. 帰宅を許可する際に確認すべき事項
    (1)呼吸、脈拍、血圧に異常がないこと
    (2)意識が明瞭であること
    (3)歩行などの運動機能が施術前の状態に復していること
    (4)飲水などの摂取が可能で、嘔吐がないこと
    (5)歯科治療による合併症がないこと
    (6)責任の持てる付添人(成人)がいること
  2. 帰宅許可
    (1)笑気吸入鎮静法の場合には、笑気吸入停止後5〜10分間、治療椅子上で観察し、前項の事項を確認後、待合室など術者の観察が直接可能なところへ移動させて、さらに20〜30分間、確認を重ねた後に帰宅させる。
    (2)静脈内鎮静法の場合には、ジアゼパムなどの薬剤投与後90分〜3時間以上の時間を要する。薬剤の使用量、患者の感受性などによる差異の大きいことを銘記すべきである。また、ジアゼパムは静脈内投与6〜8時間後に、再度血中濃度が上昇するといわれており、十分に慎重でなければならない。
  3. 帰宅時の注意
    (1)反射運動能の低下が起こることがあるので帰宅時の自転車、自動車の運転など、危険を伴う機械の操作を禁じる
    (2)責任の持てる成人を付き添わせる
    (3)精神鎮静法当日は、注意力、集中力などの低下が起こることがあるので、重大な決断をしないように、患者ならびに付添人に説明する
追求3どこが、どれだけ、どう違う?
1.精神鎮静法の適応について
患者自身が歯科診療の必要性を理解し、術者との意志の疎通が可能であることを前提条件とする。
  1. 歯科診療に対する不安感・恐怖心の強い患者。
  2. いわゆる神経質な患者。
  3. 過去の歯科診療中の不快な体験(脳貧血様発作、神経性ショックなど)のある患者。
  4. 心疾患、高血圧など、歯科診療時のストレスをできるだけ軽減すべき患者。
  5. 絞扼反射が強く、歯科用器具(歯鏡など)、口腔内X線撮影、印象採得など、口腔内操作に支障のある患者。
  6. 特に静脈内鎮静法の適応として、吸入鎮静法では対処できない鼻閉の患者、口呼吸の患者、鼻マスクを拒否する患者などがある。
2.精神鎮静法の禁忌について
  1. 歯科診療の必要性を認めず、あるいは理解できず、診療行為に非協力的な患者、重度の心身障害による著明な不随意運動、あるいは意志の疎通が不可能で、術者の指示に従えない患者、重度の全身的疾患を有する患者、妊娠初期の患者に関しては、吸入鎮静法、静脈内鎮静法のいずれにも禁忌である。
    笑気吸入鎮静法の禁忌は、鼻閉、あるいは呼吸器疾患のある患者、気胸など閉鎖腔のある患者、中耳疾患の患者などである。なお、てんかん患者、ヒステリー患者、過換気症候群の既往歴を有する患者には、各々の症例の慎重な検討により、絶対禁忌とはならない。
    ジアゼパムによる静脈内鎮静法の禁忌は、使用薬剤に過敏症の既往歴を有する患者、急性狭隅角緑内障の患者、重症筋無力症の患者、意識消失時に気道確保が困難を極める患者(開口障害、小顎症など)である。
3.笑気吸入鎮静法の実際について
  1. 診療内容に順じた体位とする。血圧計などのモニター器機を装着し、記録を開始する。
  2. 鼻マスクを装着する。規則正しい呼吸を保つように指示しながら、100% 酸素を1〜2分間吸入させる。
  3. 笑気濃度を徐々に上げながら(30%を限度に)患者を観察して、適度な鎮静状態・鎮静適期を把握する。
  4. 処置内容によっては、局所麻酔を行う。
  5. 歯科的処置の終了により、笑気の投与を停止して、100%酸素あるいは空気を吸入させる。
  6. 鎮静状態からの回復の確認、帰宅判定については、前述の「追求2の3、術後管理」のとおりである。
    <付>笑気の性状:(1)副作用が少なく、もっとも頻用されている吸入麻酔薬である。(2)無色、わずかに甘い香気の無機化合物である。(3)通常はシリンダー内に液体で蓄えられる(20℃、51気圧)。(4)不燃性であるが助燃性である。(5)体内では分解されない不活性ガスである。(6)比重は空気の1.53倍である。(7)気道刺激作用はない。(8)呼吸・循環系への影響はほとんどない。(9)肝、腎、代謝への影響はほとんどない。
4.笑気吸入鎮静法における鎮静状態について
Artusioの麻酔深度分類(Guedelの麻酔深度分類の第1期を、3相に分けたもの)を応用して、Artusioの分類の第1相・第2相に相当する時期・鎮静適期の状態――患者の意識は保たれ、歯科診療に対する不安感・恐怖心は解消され、疼痛刺激への反応は低下し、呼吸、脈拍、血圧に著変はなく、おだやかな表情など――を維持するように、笑気の吸入濃度を調節する。なお、患者の個人差により、30%以下の笑気濃度でもArtusioの分類の第3相・鎮静過剰期に至り、意志の疎通は不可能となり、術者の指示を無視し、術者をにらむような険悪な表情となり、開口状態を保持せず、全身の筋緊張は著明となり、幻覚などによる体動が現われるなど、目的に反する状態を呈することもある。このような場合には、ただちに笑気の吸入を停止して100%酸素の吸入に切りかえ、Guedelの麻酔深度分類の第2期(興奮期)への突入を阻止しなければならない。なお、笑気の性状からすれば、100%酸素による調節はきわめて容易であり、即効的である。
5.ジアゼパムによる静脈内鎮静法の実際について
  1. 体位は、水平仰臥位、あるいは半座位とする。
  2. 静脈路を確保する(通常は橈側皮静脈を選択する。点滴セットと接続する場合は、針先の固定のために、関節部を刺入点としない)
  3. ジアゼパム2.5mg(0.5ml)の静脈内投与を開始する(30秒間でゆっくりと)。
  4. 総投与量の限度を20mgとして、症状を観察しながら、適度な鎮静状態(次頁参照)・鎮静適期に至るまで、慎重に追加投与する。
  5. 処置内容によっては、局所麻酔を行う。
  6. 歯科的処置終了後、ジアゼパムによる鎮静状態からの回復の確認には、90〜120分間以上の観察を行う。
  7. ジアゼパムによる鎮静状態からの回復の確認、帰宅判定については、前述の「追求2の3、術後管理」のとおりである。
    <付>ジアゼパムの性状:(1)ベンゾジアゼピン誘導体の緩和精神安定薬である。(2)大脳辺縁系(海馬、扁桃核など)に選択的に作用する。(3)0.2〜0.3mg/kgの静脈内投与で、鎮静、催眠、健忘、抗痙攣作用が発現する。(4)静脈内投与直後から鎮静効果が現われ、30〜40分間持続する。(5)静脈内投与により、ときに呼吸・循環系が軽度に抑制される。(6)注射用蒸溜水で希釈すると白濁する。(7)急性狭隅角緑内障、重症筋無力症の患者には禁忌である。
6.ジアゼパムによる静脈内鎮静法における鎮静状態について
適度な鎮静状態とは、術者の指示に従順でリラックスした状態で、術者との会話における患者の応答のテンポが1拍程度、遅くなり、その応答のトーンは低音となる。ときに、理解ができる程度ではあるが、呂律があやしくなることもある。表情はおだやかとなり、眼に特徴的な症状・上眼瞼下垂、半眼のVerrilの徴候を呈する。
以上のようなArtusioの分類の第2相・鎮静適期を維持して、精神鎮静法の目的をはたすものであるが、急激な投与速度あるいは大量投与により鎮静が過剰になれば、入眠して意志の疎通は遮断される。このような場合には、ただちに歯科的処置を中止し、呼びかけを続けて覚醒につとめ、この間、意識消失に伴う舌根沈下への対処、気道確保を確実に行い、循環系の抑制に留意しながら、ジアゼパムの分解を待つことになる。
なお、ベンゾジアゼピン系薬剤による鎮静の解除と呼吸抑制の改善薬としてベンゾジアゼピン受容体拮抗薬・フルマゼニル(アネキセート(R))がある。初回0.2mgを緩徐に静脈内投与し、4分以内に望まれる覚醒状態が得られない場合は、さらに0.1mgを追加、以後必要に応じて、1分間隔で0.1mgずつ総投与量1mgまで操り返す。使用上の一般的な注意点として、フルマゼニルの半減期は約50分であり、ジアゼパムの半減期が約20〜40時間であることから、フルマゼニルの投与により、鎮静が解除された後もジアゼパムの作用が再度発現する可能性があるので、患者の監視を慎重に行わなければならない。
また、フルマゼニル投与後24時間は危険な機械の操作や自動車の運転など、精神的緊張を必要とする仕事に従事させないように注意する。本薬剤の禁忌は、本剤およびベンゾジアゼピン系薬剤に対し過敏症の既往歴のある患者と、長期間ベンゾジアゼピン系薬剤を投与されているてんかん患者などである。
追求4比べてみたら、どっちがどっち?
吸入鎮静法と静脈内鎮静法の長所と短所は表1のとおりである。
表1 吸入鎮静法と静脈内鎮静法の長所、短所
長 所 短 所
吸 入



  1. 鎮静深度の調節性に富む
  2. 高濃度酸素を同時に吸入させることができる
  3. 健忘効果が期待できる
  4. 鎮静状態からの回復が早い
  5. 疼痛閾値が上昇する
  6. 時間の感覚が鈍麻する
  7. 治療に対して協力的になり、容易に指示に従うようになる
  8. 副作用がほとんどない
  9. 術後管理が容易である
  1. 鼻マスクにより手術部位が制約を受けることがある
  2. 会話や口呼吸により鎮静深度が影響される
  3. 体内に閉鎖腔疾患(イレウス、気胸など)がある場合には禁忌
  4. 過換気症候群患者に使用すると発作の発現をみることがある
  5. 手術室、診療室のガス汚染の心配がある
  6. 特殊な吸入鎮静器が必要である
静 脈




  1. 鎮静効果が確実
  2. 即効性
  3. 比較的深い鎮静状態が得られる
  4. 静脈路が確保されているので緊急時の薬剤投与が可能
  5. 器具、機材が簡便
  6. 種々の薬剤の長所を生かして投与できる
  7. 投与部位が静脈であるため歯科治療操作を制約しない
  8. 会話や口呼吸による鎮静深度への影響がない
  9. 手術室、診療室のガス汚染の心配がない
  10. 鼻マスクの装着、吸入ガスの臭い、ゴムの臭いなどをいやがる患者にも使用できる
  11. 健忘効果が期待できる
  1. 鎮静深度の調節性が乏しい
  2. 投与量や投与速度により意識を消失することがある
  3. 使用薬剤により、鎮静状態からの回復に長時間を要する
  4. 静脈穿刺時に疼痛が伴う
  5. 使用薬剤により鎮痛作用が期待できない
(柬理:歯科麻酔の臨床、p110、医歯薬出版、1988年)

精神鎮静法のうち、吸入鎮静法か静脈内鎮静法を選択するか、その二者択一の基準は、患者の不安感・恐怖心・緊張の程度、全身状態、歯科的処置の内容、施設の設備状況、術者とスタッフの熟練度などである。
調節性の容易さと安全性からでは、笑気吸入鎮静法が選択されるが、吸入鎮静器、笑気シリンダー、酸素シリンダーなどの設備費用の面からは、注射器とアンプル入りの薬剤で対処できる静脈内鎮静法ということになる。また、鎮静効果の確実性と即効性から静脈内鎮静法が選択されるが、静脈確保の手技、薬剤の投与量と呼吸・循環系など全身状態の把握、鎮静過剰期における対応、意識消失時の気道確保など、的確な全身的管理に関連する学理と実践技能を必須とするものである。
【参考文献】
  1. 久保田康耶:歯科外来患者のための精神鎮静法(新臨床麻酔学全書4A)、107〜126、金原出版、東京、1984.
  2. 柬理十三雄:笑気吸入鎮静法再考〔全身管理との関連〕、日歯医師会誌、43(1):29〜34、1990.
  3. 柬理十三雄:精神鎮静法(臨床歯科局所麻酔―歯科診療室における全身管理 ―)、3刷、31〜55、永末書店、京都、1994.
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