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TopQ&A口腔外科 > わが国における口腔がんの増加(2019年3月号)
Q&A
口腔外科 (2019年3月号)
Q わが国における口腔がんの増加
●WHOの各先進国の口腔・咽頭がんの死亡者数の推移データを見ると、日本の死亡者数が著しく増加しています。日本の喫煙率は減少しているのに、なぜ口腔がんは増加しているのでしょうか。
──大阪府・M歯科
A
 全国たばこ喫煙者率調査によると、2018年5月時点における全国の喫煙率は17.9%となりました。ご指摘のように、その数は減少傾向にあり、前年比では0.3%ポイントのマイナスで、2014年以降は連続して2割を切っています(男性が前年比で0.4%減少の27.8%、女性は0.3%減の8.7%)。
 一方、口腔・咽頭がんの増加は歯止めが利かず、国立がん研究センターがん情報サービスによれば、30年前と比較して4倍以上の上昇を示しています(図1)。喫煙や飲酒などの生活習慣は、発がん過程の大きな病因といわれていますが、これだけでは説明できない何かが起こっているようです。
 一般的に、口腔がんの病因は生活習慣の他に、口腔の不衛生、栄養バランス、ウイルス、慢性的な刺激などが挙げられています。筆者が学んだ40年前の成書をみると、口腔がん患者の特徴として60歳以降の男性、生活不摂生、ストレス、舌に好発とされています。
 しかし、現在はどうでしょうか。これまでの特徴に反して、女性、若年者、口腔衛生良好者、非喫煙者にも口腔がんが増加しており、これは世界的な現象でもあります。アメリカ歯科医師会(ADA)はこのことにいち早く気づき、2003年の口腔がん予防ポスターには、「口腔がんは高齢者だけの病気ではない、女性、若年者、非喫煙者も気をつけよう」と提言しています(図2)。わが国においてもこの傾向が現実化してきたといえます。まずはこの実態について解説し、その後、これらの発症増加の要因ついて考えてみます。
 解説するにあたって、本稿で述べる口腔がんは扁平上皮がんのことを指しており、間葉系悪性腫瘍(肉腫)や造血系悪性腫瘍(白血病など)とは異なります。
 口腔がんの女性罹患者の増加は顕著です。当科のデータですが、35年間の口腔がん一次症例の性差と初診時の年齢分布を調査しました。35年前では20%が女性を占めていましたが漸増し、最近の5年間では約50%が女性でした(図3)。年齢分布をみると、初診時年齢が70歳以降では女性が男性を逆転し、多くなる傾向を示していました。
 わが国の人口動態をみると、女性の平均寿命が87歳、男性は81歳です(2018年現在)。そして、100歳以上のセンテナリアンが約6万9千人存在し、その8割以上を女性が占めています。すなわち、女性は長生きであることが立証されています。その結果、高齢者における口腔がんは、女性が罹患することが多くなっていると推定されます。
 筆者は、2017年から口腔がんの認知度向上、一般開業医の意識改革を目指し、47都道府県の歯科医師会で、「地域で口腔がんを考えるシンポジウム」を開催しています(https://www.oralcancer.jp/)。その取り組みから、高齢化率の高い県ほど、口腔がんを罹患する女性の占める割合が高いことがわかりました。40年前の成書では、口腔がんは3:1で男性に多い疾患とされていましたが、現在では3:2とする報告が多くみられます。
 もう一つの特徴として、若年者、20、30代における女性の増加も挙げられます。喫煙、口腔不衛生などの要因もなく、口腔内も清潔で衛生管理の行き届いた罹患者が増えている事実には驚かされます。ホルモンの関係、女性の社会進出に伴う精神面の負担(ストレス)などが影響しているのかもしれません。当科でも、2018年に20歳、22歳の女性で舌がん症例を経験しました。そしてこれまで最も若い患者は19歳の男性でした(図4a)。一方で当科における舌がん患者の平均年齢は、10年前(N=535)の60.8歳から65.4歳と上昇しています。
 当科の25年間で口腔がん一次症例736例の40歳以下の占める割合を算出してみると、25年では2%弱であった値が、ここ5年間で約7.5%に上昇していることが判明しました(図4b)。原因を追究すべく生活習慣(飲酒、喫煙)と機械因子(歯列狭窄、転位歯、褥瘡など)との関連を調べたところ、機械因子のみに有意差が生じました。すなわち、慢性的な刺激がかかる口腔内環境だと、褥瘡となる部位(とくに舌縁)に発症しやすいことがわかりました。
 口腔がんは、前がん病変などを経てがん化する多段階発がん機構に則っており、DNAの異常が起こってからがん化し、目視できる病態になるまで10年以上が必要といわれています。図4aの症例は智歯の舌側転位による褥瘡が原因と考えられましたが、多段階発がんならば10年前の9歳時に何らかの現象が起きたことになります。また、若年者はヒトパピローマウイルス(HPV)と関連があるとの説など、多段階発がん機構では語れない、something newな要因の存在が示唆されます。
 年配の男性だけを注視すべきではありません。口腔がん罹患者の若年化や女性増加、非喫煙者について注視してください。現在、多段階発がん機構で処理できない、口腔がん発症機序の解明が新たな課題となっており、食品添加物、化学物質、放射線曝露などを含めた something newが注目されます。

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図1 口腔・咽頭がんの罹患者数の推移(国立がん研究センター:がん情報サービス,2017)

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図2 アメリカの取り組み。ADA(アメリカ歯科医師会)の口腔がん予防キャンペーン・ポスター(2003年)。公共施設や交通機関に掲げて啓発活動を行った

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図3 当科における1982〜2016年の初診口腔がん患者の内訳。40年以上前の男女差は3:1だったが、現在は1.4:1となった。また、高齢化率の高い県では女性優位または同等であり、長野県では1:1.2で女性が多かった。これは高齢化だけが原因なのだろうか

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図4 当科における1992〜2016年の若年がん患者の内訳

柴原孝彦
●東京歯科大学 口腔顎顔面外科学講座


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